小刀は楽しい! 図工で小刀を推す理由はこれだけです

フクイ

ようこそコガタナラボへ。フクイです。

皆さんは小刀を小学校で使ったことがありますか?

2010年から僕が愛媛大学の授業のたびに実施してきたアンケートでは、累計回答者1358人のうち、885人に小刀の使用経験がないことがわかっています。

使用経験があったのは約35%。

この数字を多いととるか少ないととるか。

僕は小学校学習指導要領に小刀を使用することが明記されていることを考えると、この数字が少ないと考えます。

小刀は怪我の危険がつきまとう道具です。

また、管理も必要です。

小刀は安全面や管理面での負担を考えると使いたくないと思える道具ではないでしょうか。

「そんなんいいから小刀使えばいいのに〜」

というのがフクイの無責任な率直な意見です笑

それは僕が単純に小刀で何かつくることに楽しさを見出しているからです。

この「楽しい」が子どもの主体性を促します。

なので極論を言うと、小刀を取り扱う理由は「楽しいから」の1択でいいのです。

これがないと学びは生まれませんから。

また、「危険」だからこそ学校教育で取り扱うべきだとも考えます。

小刀を使うとどんな学習効果があるのか、そしてフクイがどこに小刀の楽しさを見いだしているのか。

今回は僕なりに考えた小刀の使用を推す理由を解説します。

それではいってみましょう〜

目次

学校で小刀を扱いにくい理由

小刀は現行の学習指導要領に図工で使用することが明記されています。

小刀は安全に配慮しながら、扱いに慣れるようにすることが必要である。

小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 図画工作編 p.119

ここに明記されているということは、本来であれば学校教育の中で使わなくてはいけない道具のひとつといえます。

しかし、こんな理由から小刀を授業で扱えなくなるのもよくわかります。

子どもの怪我がこわい
小刀の管理がこわい

指導に自信が持てない

子どもに怪我をさせたら、怪我をした子どもの対応、その間の他の子たちへのケア、授業後の保護者への対応に追われるなどが容易に想像できます。

また、普段から落ち着きのない児童に小刀を使わせたら、児童自身がケガをするだけでなく、意図しなくても友だちにケガをさせることがないとは言い切れない。

さらに管理しているはずの小刀が紛失しようものなら学校として責任を問われることになる。

教員自身に使用経験がなく教えることに不安がある、などなど。

小刀に対する不安を挙げると枚挙に暇がありません。

どんどん出てくる。

僕は小刀の使用を推していますが、決して無理にやれ!とは言いません。

学校や児童などそれぞれ当事者にしかわからない事情があります。

なので、できる範囲でいいので小刀の取り扱いを考えてもらえるだけでも嬉しくなります。

だって、小刀を使うことは「楽しい」から。

小刀で鉛筆を削れなくても生活に支障がない現代

学習指導要領での小刀の記載は、昭和22年の『学習指導要領 図画工作編(試案)』(「主要な表現材料及び用具一覧表」を参照)のときからあります。

現行(H29年公示)に至るまで一度もその記載がなくなったことはありません。

昭和22年という時代を考えると小刀は子どもの生活の一部として溶け込んでいたこともなんとなく理解ができます。

そういった時代を経験している人は、「今どきの子どもは小刀で鉛筆も削れないのか」ということを言われることも少なくありません。

しかし、「今どきの子ども」は電動や手動の「鉛筆削り」があるので、わざわざ小刀で削らなくても生活に支障がありません。

なので「鉛筆を削れるようになる」というのは小刀を使わなければいけない動機としては弱いと思います。

それでは何故、小学校の中学年で小刀の使用が重視されているのでしょうか。

小刀を使うことで伸ばせる資質についてみていきましょう。

小刀を使うことで伸ばせる3つの資質

児童が小刀を使うことで以下のような資質が伸びると考えています。

手の巧緻性(器用さ)の向上(特に非利き手)
道具を取り扱う技能の向上
表現手段が豊富になる

それぞれについて詳しく解説していきます。

手の巧緻性(器用さ)の向上(特に非利き手)

身体における「手」の働きが重要であることは言うまでもありません。

手は触覚という単純な感覚以上の有能さを持ち合わせているのです。

例えば脳科学者の久保田競氏は以下のように述べています。

刺激が加わると、触(の感)覚、圧(の感)覚、痛(みの感)覚、温(度の感)覚が発生する。実際にものにふれたときに生じる感覚は、この要素的な感覚が組みあわさった複合感覚である。

久保田競、『増補新装版 手と脳』、紀伊國屋書店、2010、p.56

こうした「手」の働きは、日常生活の経験からも理解しやすいことだと思います。

また、身体と運動学の観点からみると、手をはじめとした感覚器官はあらゆる「情報」を脳へ送る働きもあるそうです。

身体は運動を出力するための実行・支持器官であるが、同時に外界と脳をつなぐ情報器官でもある。運動の実行あるいは身体の支持に伴い、身体は受容表面としての情報源となる。

樋口貴広・森岡周、『身体運動学知覚・認知からのメッセージ』、三輪書店、2008、p.151

確かに一見、平らにみえる木の板でも触ってみるとその凹凸を指先から感じることができます。

さらに、その物質が持つ、「硬い」や「軟らかい」、「熱い」「冷たい」など、見た目だけではわからない「情報」も感じ取ることができます。

こうした手の働きは、手を使うことでより発達させることが可能です。

使わなければ、その感覚が鋭敏になることはなく、むしろその機能は後退していくことでしょう。

小刀は「非利き手」の使用頻度が高い

では、小刀を使う場面で考えてみましょう。

小刀で木を削る際には、「利き手」で小刀を持ち、「非利き手」で刃を押し出します。

「非利き手」は小刀の刃を押し出すと同時に材料を固定する役割も担います。

さらに、刃を押し出すときの刃の角度や押し加減、材料を固定する際の力加減などの微調整を行います。

つまり、小刀を使うにあたっては「利き手」よりも「非利き手」のほうが重要な役割を担っているのです。

また、小刀で一度に削ることができる木の量は多くなく、何度も何度も木を削らないと木の形が変わらりません。

なので否が応でも「非利き手」を働かせることになります。

小刀の使用は「非利き手」の使用頻度が高いため、他の道具に比べて、利き手だけでなく「非利き手」の運動感覚や巧緻性の向上が見込みやすいといえます。

道具を取り扱う技能の向上

手の巧緻性が向上するに伴って小刀を取り扱う技能も向上します。

小刀を初めて取り扱う時は、肩が凝るくらい全身の力を入れて小刀を使用してしまいます。

そして小刀の使い方に慣れてくると力加減がわかるようになり、必要最低限の力で削れるようになります。

それは、小刀を使用している際の手に伝わる触覚や視覚的に木の形が変化していく「情報」を、木を削るたびに受取り、さらに木を削ることで「情報」のフィードバックを図っているからです。

この「情報」は始めたばかりの頃は、「こう削ったらこうなるのか」というように頭の中で言葉に変換され思考されることもあります。

しかし、慣れてくると言葉による思考が省略されるようになります。

だから、「何も考えずに削っている」ように錯覚しがちです。

ですが、実際は木を削ることによって様々な「情報」をフィードバックしているのです。

小刀以外の道具についての技能向上にも影響する!?

さらに、こうした小刀に対する技能の向上が他の刃物の取り扱いにも良い影響を与えると僕は考えています。

刃物を取り扱うときには刃物の進行方法に身体を置かないなど、取り扱い方に共通するポイントがあります。

また、手の巧緻性が向上することもその他の刃物を取り扱いにいい影響を与えます。

実際に小刀の実技指導などをしていると、小刀初心者の現職教員の方でも日常で包丁を使っている人は小刀への慣れが早いように思います。

もちろん包丁だけではありません。

カッターナイフや彫刻刀にも同様のことが言えるでしょう。

小刀を使えば同時に彫刻刀も使えるようになるという極端なものではありませんし、データをとった訳でもないので根拠資料はありません。

飽くまでもフクイ個人の実感です。

ですが、小刀の技能向上がその他の刃物を取り扱う技能に何らかの良い影響を与えることはあると思います。

表現手段が豊富になる

手の巧緻性や技能の向上という面だけでなく、表現手段が豊かになるということも見過ごせません。

僕は木のスプーンやお箸、木のアクセサリーをつくったりするときに小刀をよく使います。

小刀は木を細くしたりするようなちょっとした加工に便利です。

アウトドア好きな人であれば焚き火をしたりするときなども活躍しそうです。

小刀を使う技能を持っていることで、加工の選択肢が増えるのです。

なので、小刀をメインに使わない題材だとしても表現手段が増えると「つくるもの」や「つくる方法」の選択肢が広がります。

単純なことですが、この点についても大切なポイントと言えるでしょう。

小刀を推す理由は「ただ楽しいから」!

小刀を使うことで伸ばせる資質をしっかりと言語化することは大切です。

特に学校教育の現場では身につく学びを明確化することが重要視されています。

しかし、それよりも僕が小刀の使用を推す理由は、小刀を使うことが「ただ楽しいから」ということに尽きます。

まずはこの「楽しい」がないと上記の資質は伸びないからです。

この「楽しい」は、小刀を使って木のスプーンをつくったりすることもそうなのですが、どちらかというと「木を削ること自体を楽しんでいる」と言えるかもしれません。

「木を削るだけの何が楽しいの?」

といぶかしむ人もいるでしょう。

もちろん、最初から木を削ることだけを目的として使うわけではありません。

それは単なる苦行でしかない笑

手に伝わる感触や、目に見えて木のカタチが変わっていくことが心地よいのです。

この心地よさは木をサクサク削ってみないとわかりません。

木を削る心地よさはセラピーになる!?

そして、この心地よさが心の癒やしにもなるのではないか、とにらんでいます。

まだ僕が学生だった頃、「小刀で木を削ることはセラピーそのものですね〜」なんて恩師と話していたことを思い出します。

実際に授業の中で学生をみていても、私生活で何か悩みを抱えている学生は作業に没頭しやすい傾向がある、、、ような気がします笑

小刀に慣れてくると、木を削るひとつひとつの動作を言葉として考えずに無意識の領域で手が動いていきます。

いわゆる夢中になっているような状態です。

そのときの脳は覚醒しているので木の形の変化を注視していると同時に、日常の他のことを考えたりもしています。

集中していないように思われますが、実際はすごく集中しているので不思議な感覚です。

また、小刀で木を削ることで、木の形が少しずつ変化していきます。

これは言い換えると、「小さな成功体験の積み重ね」ともいえる行為です。

この無心で削っている瞬間が心にとっては居心地のよい時間になっていてセラピー的な効果もあるのではないかと推測しているのです。

これも根拠資料はありませんが、自分自身の制作経験や指導経験から実感していることのひとつです。

「危険」だから遠ざけるが正解?学校教育だからこそ使うべき!

先述の通り、様々な危険が予想される小刀。

今、多忙を極める学校教育現場では教員一人一人に余裕がありません。

なので、管理面でも安全面でも不安のある小刀の使用は避けてしまうというのも無理ありません。

しかし、ここで敢えて言います。

「危険」を遠ざけることが、子どもにとって必ずしも良い結果を残すというものではない、ということです。

「危険」から遠ざけられた子どもたちには、いざというときの「危険」に対応する力が育ちません。

つまり、そもそも何が「危険」なのか予想したり考えたりすることができないのです。

なので、それが大きな事故につながることもあります。

では、その事故が生じたときには、「危険」であることを予測できなかった子どもが悪いのでしょうか。

「事故につながることくらいわかるでしょ?」と大人は言うかもしれません。

これまであらゆる「危険」から遠ざけられてきた側からすれば「?」です。

まさか、自分がした行為が「危険」であったなんて想像すらできないのです。

こういったことが大小の差はあれどいろんなところで生じているのではないでしょうか。

僕は「危険」だからこそ、学校教育で扱うべきだと考えています。

もちろん、「危険」への対応を万全にしていてもケガ人が出るかもしれません。

それでも、です。

小刀の取り扱いはまさしく「危険」と隣り合わせにあるものです。

家庭で取り扱うことがなければ、子どもの日常生活で取り扱われることはありません。

学校教育現場であれば、出来うる限り安全に配慮した中で小刀を取り扱うことが可能です。

これはむしろ学校にしかできないと思います。

小学校や中学校で取り扱えば、日本のほとんどの子どもが経験することになります。

とはいえ、現状では難しいこともよくわかります。

なので、学校教育で少しでも小刀を取り扱いやすくなるよう何らかの形でフォローしていけたらいいな、と考えています。

このブログもその一環です。

まとめ

いかがでしたか?

小刀を使うことで伸ばせる資質やフクイが考えている個人的な見解を紹介してきました。

一番の理由は僕が楽しいと感じていることです。

何度も述べていますが、この「楽しい」が子どもの主体性を促すことで、様々な資質を伸ばすことにつながっていくのです。

できるだけ多くの児童の楽しんでもらうためにも使う樹種の選択や題材設定、指導の工夫が必要になってくるのです。

小刀の授業で使う樹種についてはコチラ↓↓
【図工】小刀初心者への指導で役立つ木の知識とおすすめ樹種7選!

とはいえ、それでも小刀を楽しめない人も当然いるとは思いますが、学校教育の中で1度は経験してほしいな〜と考えています。

そして「危険」なものつながりでいえば、小刀だけでなく「火」の取り扱いも学校教育でやってほしい。

焚き火は楽しい。

火をつけて安定させるところなんかは理科的な要素もふんだんにあるしね。

「危険」だからこそ学校教育の出番!

と、なっていったら嬉しいなぁ。

是非、図工で小刀を取り扱ってみてください。

学校でなくても、家でお子さんと一緒に木を削るのもいいかもしれません。

このブログを通して小刀の指導についての不安を少しでも解消していけたらいいな、と考えています。

今回は以上になります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

参考文献は以下の通りです。


樋口貴広・森岡周、『身体運動学知覚・認知からのメッセージ』、三輪書店、2008
久保田競、『増補新装版 手と脳』、紀伊國屋書店、2010
福井一真、「工作・工芸教育における小刀の取り扱いに関する考察Ⅰ」、『大学美術教育学会誌no.44』、大学美術教育学会、2012
福井一真、「工作・工芸教育における小刀の取り扱いに関する考察Ⅱ」、『大学美術教育学会誌no.45』、大学美術教育学会、2013
国立教育政策研究所教育研究情報データベース 「学習指導要領の一覧」(2022年6月17日閲覧〕

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